大堀相馬焼コラム

最年少の大堀相馬焼職人として。若き陶芸家として。確かな道を歩む吉田直弘さん

松永窯をはじめとする大堀相馬焼の窯元で3年間、職人になるための修業を積み、2021年4月に晴れて独り立ちを果たした吉田さんの近況をご紹介します。

大学在学中に大堀相馬焼と出会い、福島へ。

2021年3月、西郷村にオープンした松永窯の新工房兼ショップ。伝統スタイルの大堀相馬焼や松永窯ならではのカラフルな器たちに交じって、縁の曲線が特徴的な、可愛らしい作品が並ぶコーナーがあります。

薄い雲がかかった青空のような肌は、大堀相馬焼の青磁釉とはまた違う独特の風合い。「この色を出すまでにはかなり試行錯誤したんです」と語るのは、若き陶芸家の吉田直弘さんです。

1996年、兵庫県生まれ。京都美術工芸大学で陶芸を学んだ吉田さんは、在学中に松永窯のインターンシップに参加し、そこで出会ったプロの職人技に感動して、「ここで働きたいという強い気持ちになった」そうです。そして2018年4月、大堀相馬焼職人を目指す地域おこし協力隊として、大学卒業と同時にはるばる福島県にやってきたのでした。

その後3年間、松永窯はじめ県内の窯元や先輩職人の下で修業を積み、2021年4月からは晴れて独り立ち。現在は最年少の大堀相馬焼職人として、松永窯の工房でロクロをひく毎日です。

「3年前は1日に20個が精いっぱいだったのが、今では150個ほど作れるようになりました」

職人として作業のスピードアップはもちろん、伝統的な大堀相馬焼の特徴である二重焼の技術も修得し、自身の進化に手ごたえを感じる修業の日々。それは独り立ちの際の大きな自信となったことでしょう。

「松永窯には協力隊員時代からずっとお世話になっています。伝統技法から使いやすい道具の制作方法まで、たくさんのことを教えてもらいました。中でも自分にとって一番の学びになったのは、おとうさん(現窯元の松永和生さん)の四季を大切にする姿勢です。自然を楽しむ心の余裕が作品づくりに表れているなと感じています」

▲大堀相馬焼の伝統技法のひとつ、「菊押し」(下の茶色の部分の模様)

▲大堀相馬焼の伝統技法のひとつ、「菊押し」(下の茶色の部分の模様)

好きなことをやっていたら相馬焼にたどり着いた。自然体で将来の目標へ進む。

職人としての量産技術向上はもちろんですが、吉田さんは陶芸家として自身の作品づくりにも余念がありません。2019年2月の「大堀相馬焼 春の新作展」で初めてオリジナル作品を発表して以来、原材料や新技法の研究を続け、自らのスタイルも深化していると語ります。そのひとつが、冒頭でご紹介した作品シリーズ。このほかにも、雲の模様を器に落とし込んだ「空想シリーズ」も独創的です。


吉田さんのインスタグラムより

口の部分が波になっていたり、器の肌に雲が散っていたり。こだわりのスタイルには当然手間がかかり、普通なら15個つくれる時間で5個しかつくれないのだとか。それでも、「そうやって手をかけていることがお客様に伝わり、評価をいただいている」といいます。

吉田さんは、松永窯の店舗やネットショップに加えて、他の自治体の協力隊員との合同販売会などにも積極的に出品し、着実に市場との接点を広げています。「とにかく出してみないとわかりませんから。作っては出し、評価をいただいて修正していく作業の繰り返し」と語る吉田さんは、技術的にももっと学びたいことがあるそう。

「協力隊員時代はとにかく相馬焼の技術修得に必死で、他の産地に研修に行ったり、別の技法を学んだりする機会が作れませんでした。今年度から村田さんという協力隊の後輩が松永窯で研修を始めていますが、彼女が今やっている手びねりによる大物制作など、自分には経験がありません。そういう意味で後輩からも学べることも多いし、これからさらに研鑽を重ねていきたいです」

若き大堀相馬焼職人として、伝統工芸の将来を担う役割が期待される吉田さん。ときに重圧を感じることはないですかと伺うと、「僕の場合は、好きなことをやっていたら相馬焼にたどり着いただけ。窯元の跡取りではない分、むしろ何にも縛られることなく、いい意味で気楽にやっています」と、あくまでも自然体の答えでした。数少ない窯元の跡取り世代にとっても、吉田さんのような同年代の職人が一緒に産地を盛り上げてくれることは、何にも勝る心強さとなるでしょう。

いずれは自分の窯を持ち、伝統工芸士の資格も取りたいと語る吉田直弘さんの今後に大注目です。

(2021年6月取材)

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