大堀相馬焼 松永陶器店

お知らせ

きっと馬九いく!大堀相馬焼は浪江の皆さんと共に(11)松本幸子さん

第11回:松本幸子さん
かふぇ もんぺるん店長

浪江町大堀地区に受け継がれてきた伝統工芸品「大堀相馬焼」。左馬(右に出るものがいない)、九頭馬(馬九行久=うまくいく)の絵柄は、日常使いだけでなく縁起物として開店祝いなどの贈答にも用いられ、喜ばれてきました。このシリーズでは、少しずつ活気を取り戻しつつある浪江町で事業を再開している方々をお訪ねし、抱負を伺います。

今回は、今年(2018年)11月22日に浪江駅前に誕生した「かふぇ もんぺるん」の店長、松本幸子さんをご紹介します。

01松本さんとカップ

 

駅前にお茶が飲める場所を

取材に訪れた日は、開店からちょうど1ヶ月たった頃。町内でイベントが行われていたこともあり、この日の「かふぇ もんぺるん」は大忙しでした。日替わりランチや名物のナポリタン、一杯ずつハンドドリップで淹れるコーヒーなどを目当てに、11時~16時の営業時間中、途切れることなくお客様が訪れます。目の前の常磐線浪江駅を利用する人にとっても、このカフェは大変ありがたい存在に違いありません。

というのも、11月に「かふぇ もんぺるん」がオープンするまで、浪江駅前には灯のともる店がひとつもなかったからです。2017年3月末の町の一部避難指示解除とあわせてJR常磐線の浪江~仙台が再開通し、6年ぶりに浪江駅のホームに電車が停まるようになりました。しかし、駅前にあった損壊の激しい商店などは軒並み解体撤去が進み、駅を降り立った人の目前にはなんとも寂しい風景が広がっていたのです。

その駅前に一般社団法人まちづくりなみえがオフィスを構えたのは、2018年4月のこと。松本幸子さんは誕生したばかりのこのまちづくり会社に同月入社し、以来仲間と共にカフェの開店に向けて奔走してきました。飲食業の経験ゼロの松本さんでしたが、試行錯誤で準備を重ね、浪江町の一大イベント「十日市祭」の前日にとうとうオープンにこぎつけたのでした。

02もぺるん外観

大変なのも想定内。「帰ってきてよかった」

松本さんは生まれも育ちも浪江町。地元の高校を卒業すると東京の大学に進学し、そのまま金融機関に就職しました。

「やはり都会志向はありましたね。でも、大学時代に実際に東京に住んでみたらあまり好きになれなくて。そのころから少しずつ、いずれ故郷に戻るのもいいかなとは思い始めていました。就職して大阪支店に配属になったのですが、大阪って同じ都会でも東京と違うんですよ。少し離れれば田園の風景が広がっていて、これなら浪江とあんまり変わらないな、と(笑)。地域による違いが分かって面白かったですね」

東日本大震災が起きたとき、松本さんはまだ大阪にいました。浪江のご両親や友人とはすぐに連絡がつかず、テレビにかじりつく毎日だったといいます。その後の転勤で再び東京でしばらく働いた後、松本さんは大きなキャリアチェンジを決心します。

「福島に帰って農業をやろうと思ったんです」

金融から農業とはずいぶんな飛躍のようですが、聞けばご実家は兼業農家。松本さん自身、もともと「食」にも興味があったということですから、実は自然な流れだったのでしょう。まずは専門学校へ通って一から農業を勉強し、2015年に福島県いわき市へ引っ越し。現地で立ち上がっていたオーガニックコットンの生産プロジェクトに参画しました。そのうち、一部で避難指示が解除となった浪江にもしばしば立ち入るように。その浪江で行われたスタディツアーに参加したのをきっかけに、新設されるまちづくり会社で社員を募集していることを知ったのでした。

03コーヒーを入れる松本さん

そして今、「農業をやるはずがカフェの店長をやっています」と笑う松本さん。飲食店経営という新しい挑戦には、従業員の確保をはじめ課題は決して少なくありません。ご自身が店に立つ時間が長いため、営業や商品開発の時間がとれないのも悩みだといいます。が、そうした苦労も「想定内です」とさらり。「帰ってきてよかった」とおっしゃる松本さんは、もうすっかり頼もしい店長さんの姿になっていました。

茶の湯の世界で再会した大堀相馬焼

「かふぇ もんぺるん」の門出をお祝いする今回のプレゼントは、志隆窯(志賀隆芳さん)のコーヒーカップをお持ちしました*。黒い釉がモダンな印象ですが、中にはちゃんと青ひびと左馬の絵が。

04志隆窯カップ

*志隆窯は震災後に再開していませんので、こちらは震災前の作品です。

実は松本さんのお生まれは、大堀相馬焼のふるさと大堀地区の井手というところ。当然、大堀相馬焼には小さいころから親しんできました。大人になってからその良さに目覚めたという松本さんは、大阪時代にも故郷の伝統工芸品を再発見したといいます。

「関西では茶道が盛んで、私も友人に誘われて始めたんです。そうしたら大堀相馬焼をご存知の方が多くて。相馬焼は普段使いの食器という印象が強いかもしれませんが、抹茶茶碗や水差しなど茶道具も作られていたんですよね。中でも、使い込むほどに貫入(ひび)に抹茶が染みこんでいくのが粋とされ、初めから墨汁をすり込んで貫入を強調したスタイルでないものが好まれているようです」

そんな貴重なお話をお聞かせいただいた後、「かふぇ もんぺるん」自慢のコーヒーのために特注したという、大堀相馬焼カップのコレクションも見せていただきました。二重焼きのカップはたっぷり入れても冷めにくいのでいいですね。「ゆっくりコーヒーを味わっていただく」というお店のコンセプトにぴったりです。

05もんぺるんオリジナルカップ

ナポリタンのお皿はもちろん、伝統的な大堀相馬焼でした。

06ナポリタン

陽の落ちた浪江駅前で、今日も「かふぇ もんぺるん」は暖かい灯をともしています。「とにかく(この店を)続けることが大事」という松本さんと仲間たちのご活躍を心から願います。

 

(取材・文・写真=中川雅美 2018年12月)