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【後編】大堀相馬焼×日本酒ベンチャーWAKAZE インタビュー
大堀相馬焼の酒器で、世界に羽ばたく日本酒がいただける。そんなバーが、2018年7月、東京の三軒茶屋にできました。その名は、SAKE醸造所兼バー「Whim SAKESake & TAPASTapas」。新進気鋭な日本酒と創作タパスが楽しめるという、お洒落なバーです。そのすぐ横、ガラス越しには、日本酒の詰まったタンクが4つほど。ここでは、その場で造られた作られたお酒もいただくことができるのです。
後編では、WAKAZEの日本酒造りを担う杜氏:今井翔也氏にも加わっていただき、日本酒造りの現場についてや、伝統業界の将来についてお話を伺いました。
■伝統業界のイメージを覆す酒蔵との出会い
松永:今井さんは各地の酒蔵で3年ほど杜氏の修行をされていたんですよね。杜氏の育成環境はどんなものでしたか。職人の世界というと、何年も下積みをして認められた人だけが学ぶことができる、というイメージの人も多いと思いますが。
今井:僕も最初、そういうイメージで酒蔵の門を叩いたんですけど、2年間お世話になった秋田の酒蔵さんは全然違いました。「情報のシャワーを浴びせる」と明言していて、最初から持っている技術をことばで全部教えてくれるんです。職人というと、「背中で学べ」みたいなイメージじゃないですか。でも、今の世の中にあって、こうした労働環境が造り手作り手を減らしているのではないかと言われているんです。僕は出会いに恵まれて、この秋田の酒蔵でノウハウだったり、発想や技術についてめちゃくちゃ学ばせていただきました。
松永:イメージと真逆ですね。
今井:そうなんです。あと、僕は3年で酒造りができるようになろうと決めて入ったんですが、実は2年で蔵を出されたんです。元々独立したい、いずれフランスで1から酒造りをしたいと伝えた上で修行を始めていたんですが、その酒蔵は規模的にも大きく恵まれた環境だったんですね。2年経ったある日、急に社長に呼び出されたんです。「お前、ここにあと1年いても酒を作れるようにはならないから、もっと小さな蔵で泥臭い経験をしてこい」と。肩ポンされたという感じでした(笑)。このままじゃ目指すところに行けないぞと、言ってくれたんです。
松永:ものすごい懐の深さですね。初めから独立する前提で嫌がられたりはしなかったんですね。
今井:業界全体でいったら、おそらく僕みたいな人間には消極的なところの方が多いと思うんです。僕の場合は運がよくて、懐の深い酒蔵さんで修行させてもらえました。こんな風に言っていただいたこともあってすぐ次の蔵を探して、残り1年で富山と新潟と、実家の群馬にある酒蔵とを経験しました。
経験してみて思ったのは、僕がお世話になった酒蔵はどの蔵も新しいことにずっと挑戦してきていて、失敗したり悔しい経験をしたり、1つの酒を作るのがいかに難しいか、いかに様々な挑戦が必要かを知っているということです。だから、僕のような向こう見ずの、鉄砲玉みたいなやつでも、面白いじゃん、やってみなと全部受け入れて、支援してくれたんだと思います。実現させたいんだったらこういうことも知らなきゃだめとか、こんな人に出会った方がいいよといったことを、惜しみなく教えてくれました。
■業界を担う次世代を育てるには
松永:先ほど、自ら酒蔵の門を叩いたとおっしゃっていましたが、新しく業界に入りたいという人は皆そんな感じなのでしょうか。伝統のものづくりの世界に共通するかもしれませんが、日本酒づくりの世界も人材採用をオープンにやっている雰囲気はありませんよね。
今井:そうですね。そもそも、僕みたいに門を叩く人も少ないみたいですし、僕は最初門を叩いた時は門前払いされましたよ。本気だと伝えるために前職もやめて退路を断って行ったら、逆に心配されて入れてもらったような感じでしたけど(笑)。
造り手作り手はどの酒蔵さんも欲しているんです。でも求めているのが皆、酒蔵経験者なんですよ。全員がそれを求めたら、造り手杜氏の数は一生数は増えないわけじゃないですか。誰かが受け入れて、育てる流れを作らないと、業界そのものが死んでしまうわけです。だからWAKAZEではどんどん人を受け入れて、育てるべきだろうと思っていて。
稲川:結局業界に人が増えないのは、仕組みに問題があるからですよね。それは受け入れるまでだけではなくて、受け入れてからも同じ。流動性の高い今の時代、何年も何年も同じ仕事をしろ、と言われても続かないと思うんですよね。
今井:WAKAZEでは経験未経験を問わず僕が育てるし、場所や役割も人を育てるので、どんどん任せるつもりです。他の蔵で1年やるより、ここで1ヶ月やる方がよっぽど打席に立つことができるわけなので、成長すると思います。
松永:業界の仕組みそのものに風穴を開けるような取り組みですね。
今井:あとは、自分たちが何のためにここで酒造りをやっているか、きちんと言葉で、プロダクトで伝える必要があると思っています。僕も3年間修行をして来て、なぜ酒造りに携わっているのか、感じてきたことや伝えたいことが山ほどあるわけですよ。それに共感してくれたら、来てくれる人だってきっといると思うんです。
松永:現に今、Facebookで人材募集の投稿されていると思うんですけど、応募は来ていますか。
稲川:まだ2、3名ですけど、来てくれてはいます。
松永: 1人でも来てくれる人がいる、というのはすごいと思います。そういう人たちにいかに気づいてもらえるようにするか、ということですね。とても大事なことだと思います。
■風当たりの強さをエネルギーに換えて
稲川:あとは、僕たちは付加価値の高い日本酒を作っていきたいと思っています。それは日本酒そのものの美味しさを伝えるためもありますけど、この業界にある賃金の課題を克服するためにも必要だと思ってるんです。酒蔵だとお給料が月10万とかだったりするわけですよ。それで今後のことを賄うのって、なかなか難しいですよね。いくら情熱があっても現実がついてこなかったら、やりたいと思わないじゃないですか。僕らはそこを変えていきたいと思っているんです。
付加価値が高いお酒を作ることができれば、利益率が高い商売になる。そうすれば、携わる人たちにも還元できます。そこで求められるのは今まで通りの方法ではなくて、イノベーティブなアイディアを基にした酒造り。だから僕らは、一見意味のないような試飲会を何度も何度も繰り返して、新しいアイディアを生み出す場作りを大切にしています。
松永:これだけ業界の常識を覆す挑戦をされていると、風当たりの強さを感じたりはしませんか。
今井:WAKAZEってあからさまに変なことやってる集団なので、むしろ周りから何も言われなかったら失敗だなというくらいの感覚です。振り切っているので。
稲川:風当たりの強さを感じることはしょっちゅうです(笑)。でも例えネガティブなことでも、反応があるということは気になっているということですよね。そこに熱量があるわけで、感情が動いているということだと前向きに捉えてやっています。
周りからどんなに変なことをしていると言われても、僕はあらゆるトライをし続けたい。それが付加価値に繋がると思ってます。この店を「Whim SAKESake & TAPASTapas」という名前にしたのにも理由があるんです。whimというのは、英語で「気まぐれ、しょうもない思いつき」という意味なんですけど、僕は結局、よいものというのは無数の失敗やしょうもないものから生まれると思っています。ゴミ箱行きの99%のアイディアから、たった1%残るものがある。だから失敗も含めたくさんのトライをした者勝ちだし、その分生まれて来たものは研ぎ澄まされたものだと僕は信じている。そういうチャレンジをし続けたいですね。
松永:今日は刺激になるお話をたくさんいただきました。本当にありがとうございました。