お知らせ
きっと馬九いく!大堀相馬焼は地域の皆さんと共に(16)和田智行さん
第16回:和田智行さん
株式会社小高ワーカーズベース 代表取締役
浪江町大堀地区に受け継がれてきた伝統工芸品「大堀相馬焼」。左馬(右に出るものがいない)、九頭馬(馬九行久=うまくいく)の絵柄は、日常使いだけでなく縁起物として開店祝いなどの贈答にも用いられ、喜ばれてきました。このシリーズでは、少しずつ活気を取り戻しつつある浪江および近隣の町で事業を再開している方々をお訪ねし、抱負を伺います。
今回は浪江のお隣り、南相馬市小高区に誕生したコワーキング・スペース「小高パイオニアヴィレッジ」と、その一角にあるガラスアクセサリー工房「HARIOランプワークファクトリー小高」にお邪魔しました。
新しいコミュニティが生まれるオープンな場所
浪江町から北へ車で15分ほど。今年1月オープンしたという「小高パイオニアヴィレッジ」の住所に到着すると、半透明の外壁が印象的なスタイリッシュな建物がありました。入口に回ると、横長のウィンドウから女性たちがバーナーを操るガラスアクセサリー工房の様子が見えます。
建物の中には、半透明の壁いっぱいから光が差し込むオープンな空間が広がっていました。真ん中に大きな桟敷席。それを囲むように2階のワークスペースが設けられています。小高パイオニアヴィレッジは、この地域で事業を興す人、活動拠点がほしい人などのためのシェアオフィスということですが、ここで仕事をしていたらすぐにでも仲間ができそうです。ゲストハウス(簡易宿泊所)も併設され、キッチンやランドリースペースも備えられています。
この施設を運営する株式会社小高ワーカーズベースの和田智行社長が教えてくれました。
「この建物には行き止まりがないんですよ。すべてのスペースがゆるくつながる設計になっています」
2011年3月の東日本大震災と原発事故で、ここ小高区も全域が強制避難となりました。5年4か月後に避難指示は解除されましたが、他の避難区域と同様、いちど失った生業の再生や若い世代の帰還・定住促進は易しい課題ではありません。
ところが、だれもが「難しい」と尻込みするこの地域を、逆に「ビジネスチャンスの宝庫」と捉えたのが和田さんでした。2014年5月、小高ワーカーズベースという会社を立ち上げ、まだ避難指示が続く小高で同名のコワーキングスペースを構えたのです。同年12月には食堂「おだかのひるごはん」を、翌9月には仮設スーパー「東町エンガワ商店」を開業。人が住めない場所でシェアオフィスや食堂や物販をやるなど、当時はとても信じられないことでした。が、ふたを開ければニーズは確かにあったことが証明されたのです。
小高はいま、オモシロイことが起きている場所として全国の若いベンチャーたちを惹きつけています。地域おこし協力隊制度を活用して、こうしたベンチャーを組織的に育成支援する「ネクストコモンズラボ南相馬」も昨年から始動。この事業も、和田さんとともにこの地の可能性に魅せられた若手スタッフたちによって、小高パイオニアヴィレッジのオープンな雰囲気の中で運営されています。まさにここは、地域再生のパイオニアたちの居場所となりつつあるようでした。
地元の女性職人たちによる手作りのガラスアクセサリー
もうひとつ、和田さんが小高で立ち上げたのが「HARIOランプワークファクトリー小高」というガラスアクセサリー工房です。
こちらの開業も、まだ全区域が避難中だった2015年8月。地域に若者が帰ってこないのは「そもそも若い人がやりたいと思える仕事がないからだ」という仮説のもと、特に若い女性にとって働きやすく魅力的な仕事をつくろうと考えたといいます。
HARIO社は東京に本社がある耐熱ガラスメーカーの老舗。ランプワークファクトリーはその技術を生かした同社のガラスアクセサリーブランドで、全国に工房を展開し、職人育成に力を入れています。和田さんは、たまたま南相馬市のイベントにボランティアで来ていたHARIOの職人さんと出会い、その繊細なランプワークを見て「これだ」と思ったそう。さっそく同社とライセンス契約を結び、体験教室を開いて職人候補を募集したところ、当初は70名以上が集まったとか。
「36時間の研修後は、実際に製品をつくりながら技術を磨いてもらっています。開業からまもなく4年になる現在の職人は6名ほど。自分のペースで働けるぶん、報酬は完全に出来高制をとっています。技術が未熟なうちは高度なデザインのものは作れないし、数もこなせないのでなかなか収入に結び付きません。でもそれで諦めてしまっては職人にはなれないので、葛藤はありますが、このスタイルを貫いています」
そしてこの3月には、HARIO社からの委託生産とは別にオリジナルの新ブランド「iriser(イリゼ)」をリリース。「ここで作って販売しているものが欲しい」という要望が増えたことなどに応えて誕生したそうです。
皆さんで考えたというデザインモチーフは、『ていてつ』(南相馬の馬の蹄鉄)、『おだかうめ』(小高の花である紅梅)、『オフショア』(南相馬の気持ちいい風と波)の3種類。その繊細でかわいらしい姿は、新しくておしゃれなお土産品として早くも人気を集めているようです。
何もないところから価値あるものを生み出す
小高パイオニアヴィレッジの開業と新ブランドiriser発表をお祝いして、このたび和田さんにお贈りした大堀相馬焼の品はこちら。職人を目指して県外から福島に移住し、現在2つの窯元で修業中の吉田直弘さんが、今春の新作展で初めて発表・販売した作品です。
小高でも大堀相馬焼は広く親しまれていたそうで、ご自宅でも使っていたという和田さん。でも、伝統的なスタイルとはだいぶ異なるこのカップを見て、「おお、こういうのはなかったですねえ」。相馬焼の特徴である貫入(ひび)こそ入っていますが、大きさも形状も色味も若い作り手ならではの新しい感性を、面白いと感じていただけたようです。
ちなみに和田さんは、小高パイオニアヴィレッジの立ち上げ時に実施したクラウドファンディングの返礼品としても、大堀相馬焼を採用してくださいました。
▲返礼品にご利用いただいた「KACH-IUMA」と「豆皿セレクション 福のまめ皿 5枚セット」▲
いずれも大堀相馬焼の新しい可能性を追求した作品で、海外展開も積極的に図っているところなどを評価してくださったといいます。
ガラスアクセサリーも大堀相馬焼も、職人によるモノづくりの世界です。実は以前、東京でIT企業を創業し、システムエンジニアとして活躍していた和田さん。ITとモノづくりは一見対極にあるようですが、勝手の違うビジネスに戸惑いはなかったのでしょうか。
「いえ、対極とは思っていません。モノ作りもプログラミングも、何もないところから価値あるものを生み出すという意味で同じことなんです」
「原発事故で避難して、最初のうちはやはり絶望していました。こんなところ戻れるわけがないと。でもある時点で、ここの可能性に気づいてワクワクしちゃったんです。ITやウェブの世界は競争が激しく、だれでも考えつくようなところで勝負しても絶対に大手には勝てません。だから常に“みんながダメだと思ってるところ”を探す発想をしていました。その視点で小高を見たら、だれもやりたがらない、だれも手を付けたことのない世界が広がっていた。こんなおいしい場所はないぞと」
「地域の100の課題から100のビジネスを創出する」というスローガンのとおり、和田さんとそのチームはこの地に新しい仕掛けをどんどん生み出していっています。設立から5年、これまで「小高ワーカーズベース」が地域にもたらした影響は計り知れません。次の5年のさらなる素晴らしい展開をお祈りいたします。
(取材・文・写真=中川雅美 2019年5月)