お知らせ
きっと馬九いく!大堀相馬焼は地域の皆さんと共に(17)半杭政希さん
第17回:半杭政希(はんぐい・まさき)さん
「炙り侍 響」代表
浪江町大堀地区に受け継がれてきた「大堀相馬焼」。左馬(右に出るものがいない)、九頭馬(馬九行久=うまくいく)の絵柄は、縁起物として開店祝いなどの贈答にも用いられ、喜ばれてきました。このシリーズでは、徐々に活気を取り戻しつつある浪江および近隣の町で事業を再開している方々をお訪ねし、抱負を伺います。
今回は、JR常磐線浪江駅前のビル1Fに今年3月、食事処「炙り侍 響」を開業した半杭政希さんをご紹介します。
お世話になった人たちへ、何か役に立つことを
浪江駅から徒歩1分。大きく「響」の文字が書かれた臙脂色の暖簾をくぐって中に入ると、カウンターの向こうで店主の半杭政希さんが「いらっしゃいませ」の声とともに迎えてくださいました。メニューを拝見すると、鶏唐定食やカツ丼定食、肉うどんなどの定番もののほかにオススメの日替わり定食も。
「飲食店は常連さんの獲得が大切ですからね。毎日ご来店いただいても飽きないメニューを考えています」という半杭さん。11枚8000円というお得なチケットも発行しているそうです。実際、この日のカウンターに並んだお客様の多くは、日替わり定食をチケットでご注文のようでした。
今年(2019年)3月に開業したここ「炙り侍 響」は、実は半杭さんにとって2軒目のお店です。1軒目の「美酒彩菜 響」は3年前、浪江町の北隣り、南相馬市の原町区に誕生しました。そもそも、生まれ育ちも現在のお住まいも南相馬という方が、なぜここにきて浪江に2号店をオープンすることになったのでしょうか。
その理由は、「これまでお世話になった人たちのために、この地域のために、なにか役に立つことをしたかったから」だといいます。もともと浪江町内の企業にお勤めだったこともあり、浪江のことはよくご存知だそう。さらに、この地方に伝わる相馬野馬追(そうまのまおい)という伝統祭事を通じて、浪江の人々とは交流が深かったそうです。
▲相馬野馬追のハイライトのひとつ、甲冑競馬。愛馬で疾走する半杭さんの勇姿(半杭さん提供)▲
8年前の東日本大震災と原発事故では、半杭さんが当時お住まいだった南相馬市小高区も全域が避難対象となり、ご自身も一時は首都圏への避難を余儀なくされました。が、わずか3週間ほどで同市原町区に帰還。県外移転することになったお勤め先は悩んだ末に退職し、以前からやりたかった飲食店の開業を目指したといいます。
そのときの決意を、「人生は一度。なにが起きるかわからないのだから、好きなことをやろうと思った」と振り返る半杭さん。5年余りの修業を経てオープンした「響」1号店も軌道に乗り、「もう少しできることはないか」と考えて、以前から縁のあった浪江での出店を決めたのでした。
とはいえ、浪江の居住人口はまだ千人ほど。オープンする店や事業所も徐々に増えてはきたものの、夜ともなれば駅前でも人通りはほとんどありません。迷いはなかったのでしょうか。
「周りからは難しいんじゃないか、と言われましたよ。でも、自分は何かやりたかった。ここで働いている人たちのために、温かくてボリュームのある食事をお得な値段で提供すること。それに、家に引きこもりがちな高齢の方にとって“出かける場所”にもなれるんじゃないかと。もちろん、町内すべての飲食店を回ってリサーチはしました。その上で、やる方法はあると考えたのです」
その結果が、お客様が楽しみに訪れる日替わりメニューの充実やチケット発売などの工夫につながっているのですね。半杭さんがほぼ毎日、ユーモアを交えてアップするフェイスブックページにも、たくさんの反応があるようです。
まだまだご苦労が多いだろうことは想像に難くありませんが、「厳しくても諦めずにがんばっていきたい」と前を向く半杭さんの、淡々とした、しかし強い覚悟のにじみ出るお話しぶりがとても印象的でした。
馬への思い、相馬野馬追への情熱
今回、開業のお祝いと取材の御礼でお持ちした大堀相馬焼の品は、こちらのカップです。
これは現在職人を目指して松永窯・いかりや窯で修業中の室井早紀さんの作品。この春の新作展で初めて商品として出展・販売したもので、外側の突起の間に指が入って持ちやすいというデザインが独創的です。馬の絵はありませんが、カップの底に沈んだ釉薬に大堀相馬焼らしい「ひび」が入っていますね。
半杭さんは「おもしろいですね」と手に取って、早速お使いくださるとのこと。伺えば、ご自身も大堀相馬焼には小さいころから馴染んでこられたそうです。
「小高小学校の遠足だったかな。みんなで自転車に乗って大堀まで出かけて、作陶体験をしたことがありましたね。家にも相馬焼の徳利、湯呑み、コーヒーカップなどありますし、店でもこんな器を使っていますよ」
といって見せていただいたのが、こちら。伝統スタイルで手描きの走り駒が躍動的です。
駒といえば、今年も7月末に相馬野馬追が行われます。前述のとおり、この伝統祭事をこよなく愛する半杭さんは、お行列、甲冑競馬をはじめ神旗争奪戦、最終日の野馬懸まですべて出場するとのこと。いずれもひとつ間違えば生命の危険も伴う真剣勝負の場。馬も人間も入念な身体づくりが欠かせません。そのために、昼は浪江、夜は原町で飲食店を経営する傍ら、朝5時に起きて練習する毎日だそうです。
「厳しくてもがんばれるのは、馬への思い、野馬追への情熱があるから」
3人の息子さんと相馬野馬追。心から愛する宝物を持つ人は強く輝いて見えました。
(取材・文・写真=中川雅美 2019年6月)