大堀相馬焼 松永陶器店

お知らせ

きっと馬九いく!大堀相馬焼は浪江のみなさんと共に(5)半谷正彦さん

第5回:半谷正彦さん
有限会社キャニオンワークス 代表取締役社長

浪江町大堀地区に受け継がれてきた伝統工芸品「大堀相馬焼」。日常使いだけでなく、左馬(右に出るものがいない)、九頭馬(馬九行久=うまくいく)の絵柄は、縁起物として開店祝いなどの贈答にも用いられ、喜ばれてきました。このシリーズでは、少しずつ活気を取り戻しつつある浪江町でお店を再開したり事業を開始したりしているみなさんをお訪ねし、抱負を伺います。

今回は、2018年4月に町内での生産を再開した帆布製品製造のキャニオンワークス、代表の半谷正彦さんをご紹介します。

01半谷さん、工場にて

自分たちの世代ががんばらないと、浪江に人は戻ってこない

キャンプや登山などのアウトドア用品、と聞くと、いくつかメーカー名が思い浮かぶ方も多いでしょう。では、こちらの写真のCWFというブランドをご存知ですか?そのタフで機能性に富んだギアのラインナップは、アウトドア専門情報サイト、GO OUTでも紹介されています。

アウトドアで活躍必至。タフで無骨な国産バッグブランド「CWF」始動(2018年5月18日)

02カタログ

これを製造しているのが、浪江に本社のある有限会社キャニオンワークスさんです。1976年に浪江町大堀で創業。登山用のスパッツやザックの製造からスタートし、時代の要請にあわせて様々な布製品を作ってきました。東日本大震災当時は、本社・工場を合わせ、町内だけで50名以上の従業員がいらしたそうです。

まもなく不惑の歳を迎える半谷正彦さんは、2代目社長に就任して6年目。学生時代から家業を手伝い、卒業と同時に初代(現会長)とともに現場に立ってきました。あの震災から1か月後には、群馬県千代田町の取引先の倉庫を借り、仮工場を設けて生産を再開させたといいます。

「でも、そのまま群馬にいてもいずれ行き詰まると思いました。悩んだ末、福島県内に戻って工場を再建することにしたんです。当時はまだ浪江がどうなるかわからなかったので、いわきに物件を購入し、2014年に生産を開始しました。浜の人間はやっぱり浜がいいんですよね(笑)」

そうやって半谷さんはさらりとおっしゃいますが、他の町民と同じく突然の避難ですべてを失った後、一から拠点を作り直し、顧客を開拓しなければならなかったご苦労は想像を絶します。

ただ、「私たちが作っているのはかなり特殊な製品。県内でも他に作れる工場はほとんどない」という技術をお持ちのため、紹介が紹介を呼んでお客様が増えていったそう。現在のいわき工場は60名ほどの従業員を抱え、OEM、公官庁向けの製品のほか、上述のオリジナル・アウトドア用品などにも力を入れておられます。

03半谷さんと新製品▲こちらは新ブランドのmacole。お名前の「ma」+コア(核)から転じた「cole」▲

それでも、キャニオンワークスの本社住所はずっと「浪江町」のまま。その理由を半谷さんは、「会長(父)の思いもあったし、やっぱりどうしてもここは捨てられないんですよ」とおっしゃいました。

もちろん、今年4月に浪江の本社工場を再開したのは単なる気持ちの問題だけではありません。特殊な製造技術を持つキャニオンワークスの業容が拡大するにつれ、いわき工場の負荷を分散するという、経営者としての視点もおありでした。しかし、従業員が確保できるかどうかもわからない浪江の工場を、大改修のうえ機材も一新して再稼働させるのは、やはり勇気がいったことでしょう。

「でも自分たちの世代ががんばらないと、浪江に人は戻ってこない。だから、やれるだけやってみようと思った」という半谷さん。いま浪江の従業員は2名、ミシンは3台だけですが、さらなる拡張を目指しています。

楽しいことがいっぱいあった浪江町。標葉まつりも復活

そんな半谷さんには、キャニオンワークスのご繁栄と浪江本社工場の再出発をお祝いして、松永窯の夫婦湯呑をプレゼントしました。絵柄はもちろん、縁起のよい左馬です。

04湯呑と半谷さん

大堀で生まれ育った半谷さんですから、23あった窯元はほとんど知り合いだったそう。同級生には窯元の息子さんもたくさんいたといいます。「自宅の前が『陶芸の杜おおぼり』で、子供のころゴールデンウィークの大せとまつりには毎年行きましたよ。券をもらってバーベキューを食べるのが目当てでしたが(笑)」

ご自宅の食卓はさぞや大堀相馬焼だらけだったのでは、と伺うと、いやそんなこともないですよ、と言いながら、「湯呑み、急須、しょうゆ皿、それからニンニクおろしのついた小皿、冷ややっこの皿・・・けっこうありましたね(笑)」

05松永窯湯呑

その大堀のご自宅は、残念ながらいまも帰還困難区域。避難直後の一時帰宅で貴重品だけ取り出した後は、ほとんど戻ることもできず、イノシシ被害や雨漏りもする状態に、「いずれ壊すしかないでしょうね」。淡々と語る半谷さんですが、「大堀の神楽や盆踊りなど伝統行事が復活できないのは、とても残念」と、気持ちの一端を語ってくださいました。

それでも、半谷さんは前を向きます。

「浪江には楽しい思い出がいっぱいありました。私のように町外に拠点を再建した町民は、家族のこともあるし、なかなか戻って住むことはできないけれど、特に自分たち若い世代は、単身でもいいので浪江に通って、少しでも町を元気づけられればと思います」

なお、半谷さんの所属する浪江青年会議所では今年10月14日、震災後初めて、「標葉まつり」を復活させるそうです。標葉(しねは)とは、戦国時代末までこの一帯を治めていた豪族の氏。その領土は、現在の双葉郡北部(北相地方)にあたります。さて、冒頭ご紹介したキャニオンワークス・オリジナルアウトドア用品のロゴ「CWF」のFが表すのは、福島、freeuse、もうひとつは?――それはもちろん、双葉郡のFだそうです。


有限会社キャニオンワークス
福島県双葉郡浪江町大字川添字佐野47
http://canyon-works.com/


(取材・文・写真=中川雅美 2018年8 月)