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日本の陶器|美濃焼を有名にした戦国時代の武将がいた
陶器市や骨董市を訪ね歩いて、ゆったりと旅をする方が最近増えてきました。
世の中のさまざまな道具が工業製品化されてしまって、器やコップもスーパーで購入できるものは同じ形のものばかりです。
そのような道具に囲まれた生活が息苦しいと感じる方が増えたのか、近年は焼き物の産地への小旅行だけでなく、自分でも器を作ってみたいと思う方も多くなってきています。
日本の焼き物は、大きく分けると4つに分類することができます。
土器、陶器、炻器(せっき)、磁器です。
かつては4種類あった日本の焼き物も、土器や炻器(せっき)の影が薄れて、現在では焼き物と言えば陶器か磁器のことを指すようになりました。
この2つをあわせて陶磁器と呼んだりしますが、陶磁器という一つの種類があるのでは無く、二種類の焼き物の総称であることを覚えておくと良いですよ。
日本の陶器の代表的な種類と言えば美濃焼(みのやき)です。
美濃焼きは、岐阜県の南部、愛知県寄りにある土岐市、多治見市、瑞浪市、可児市で作られている陶器です。
美濃焼が作られている岐+阜県東濃地域は、日本一の焼き物の産地と言われています。
日本国内で作られている焼き物の、約半数が、この地域で作られているのです。
美濃焼を有名にしたの古田織部(ふるた おりべ)という武将です。
父親は後に出家して織田信長に仕えた茶坊主の勘阿弥でした。
古田織部は風流を好む父親のすすめもあり茶道をたしなむようになりました。
そして織田信長や豊臣秀吉に仕えた茶人、千利休の弟子になりました。
古田織部は千利休が完成させた茶道を、より自由な方向に発展させました。
古田織部は茶道で使う器の形や色に工夫を重ねました。
このことから、美濃焼きの一種に織部焼(おりべやき)があるのです。
美濃焼きにはいくつもの種類があり、代表的なものとしては、志野(しの)焼、織部(おりべ)焼、
黄瀬戸(きせと、きぜと)焼、瀬戸黒(せとぐろ)焼などがあります。
志野(しの)焼は、美濃焼きの中でも白い釉薬を使ったものです。
イメージとしては、ごつごつした器に白い釉薬がかけられていて、所々に地の茶色が見えているという具合の器です。
織部(おりべ)焼は、緑色をした釉薬が目をひく青織部が有名です。ゆがんだ形だったり、幾何学模様や市松模様が描かれていることもあります。
形は扇子の形をしていたり、幾何学模様を組み合わせた形をしていたりと、見た目にも個性的なものが多いのが特徴です。