松永陶器店コラム

【私と大堀相馬焼】〜第2回 志賀隼さん〜

浪江町大堀地区に受け継がれてきた伝統工芸品「大堀相馬焼」は、地域の人々にどれほど親しまれてきたのでしょうか。大堀相馬焼にまつわる思い出やエピソードをご紹介するインタビューです。

今回は、2017年3月に浪江町に開設された国保浪江診療所の看護師、志賀隼さんにお話を伺いました。

「自分もいつかこれでビールを」 思い出のタンブラー

 

志賀さんは浪江町大堀地区井手のお生まれ。ご親戚にも窯元さんがいらっしゃるとのことで、小さい頃から自然と大堀相馬焼の器に囲まれていたと言います。

今回の取材は、お勤め先の浪江町診療所でお昼休みにお願いしました。2017年3月末、実に6年ぶりに一部の避難指示が解除された浪江町ですが、帰還した住民の安心に欠かせないのが医療機関です。志賀さんは、町内唯一のこの診療所に勤める看護師として、現在ご家族と離れて町内にお一人住まいです。

取材にあたり、思い出の器をご紹介くださいとお願いしたところ、わざわざ郡山市のご両親宅から、「すごく思い入れがある」という、ひとつのタンブラーを借りてきてくださいました。

「小さい頃、父や祖父がビールを飲むのは、グラスでなくいつもこの陶製タンブラーだったんですよ。きれいな色でしょう。肌触りもよくて。子ども心に、『かっこいいなぁ、僕も大人になったらこれでビールを飲みたいなぁ』って、思っていました(笑)」

そう言って、愛おしそうに両手でタンブラーをなでる志賀さん。ご親戚の窯元さんの作品だそうで、青ひびや走り駒といった伝統的な大堀相馬焼のデザインではありませんが、やさしい色とフォルムが特徴的。触らせていただくと、見た目より持ち重りがします。長年志賀家の方々の手に馴染んできたことが明らかな、なめらかな肌です。

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「いま思い返せば、このタンブラーに限らず、家の食器棚は茶わんから皿からみんな相馬焼でした。だから、私たちにとって大堀相馬焼というのは、伝統工芸品というよりも日常の器だったんですね。うちの近くにコンビニはなかったけど陶器店はたくさんありました(笑)。地元の大堀小学校にも窯があって、図工の時間にふつうに陶芸をやるんですよ。そのくらい生活の一部でした」

その大堀地区は、残念ながら現在でも原発事故による避難指示が解除されず、居住できない状態が続いています。志賀さんの生家に残っているたくさんの思い出の器たちは、震災でも割れずに残っていたものを、ご両親やお祖父母さまが郡山市の新宅に少しずつ運んでいらっしゃるそうです。

浪江・大堀の復興を願い、できることを

 

実は志賀さん、松永陶器店の4代目松永武士の1年先輩にあたります。

「松永君とは、学年は違いますが同じ小中学校で、とても仲が良かったんですよ。高校進学時に別れて、その後は大震災が起きるまでほとんど会っていませんでしたが、浪江が、大堀が、こんなことになってしまって、その中で大堀相馬焼の再興をがんばっている若手として松永君の活動を知り、また連絡をとるようになりました。私自身も、なにかふるさとのPRにつながることをしたいという思いがあって」

昨年、志賀さんが勤めていた二本松市内の仮設診療所を、県外の看護学校の実習生が「被災地の医療視察」というような目的で訪れたことがありました。志賀さんはその際、浪江町について紹介してほしいと依頼されましたが、当時はまだ全町が避難指示下にあり、容易に現地を案内することはできません。そこで志賀さんは、福島県白河郡西郷村で再開している松永窯で、浪江の伝統である大堀相馬焼を紹介し作陶体験をさせてもらえないかと、松永武士にメールを送ったのでした。

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「松永窯さんは快諾してくれました。看護とは直接関係なかったけれど実習生は楽しんでくれましたし、浪江の文化の一部も知ってもらえたと思います。そのとき、彼らと一緒に私も松永窯で久しぶりにカップを作ったんですよ。あ、そうだ、焼きがあったのを取りに行かなくちゃ(笑)」

暮らしの中の大堀相馬焼を、再び

 

志賀さんに、いまの暮らしでお使いの食器は?と伺うと、「いやぁ、量販店のシンプルなものばかりですよ」と苦笑されました。でもこの日、久しぶりに幼い頃の思い出が詰まったタンブラーを手に取り、エピソードをお話しいただくと、「やっぱり、良い器って物語があっていいですね。量産品だったら、『小さい頃これでお酒を飲むのが夢だったんだ、なんて話あり得ないもの(笑)」

大好きだったお祖母さまのご病気をきっかけに看護師の道を志したという志賀さん。いま、町民の安心の拠り所である診療所で、「町内で町民とふつうに町の話ができることの幸せ」を噛みしめていると言います。

「暮らしの中に当たり前のように相馬焼がある日々が、また来てほしい。そのために、松永君をはじめとする窯元さんたちにがんばってほしいですね。私にも何かできることがあれば手伝いたいと思っています」

取材の最後に志賀さんは、「今夜このタンブラーで初めてビールを飲むのが楽しみ!」とおっしゃっていました。さて、どんな味がしたでしょうか。

(取材・文・写真 = 中川雅美 2017年6月)

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浪江診療所から徒歩1分のところに、浪江町仮設商店街「まち・なみ・まるしぇ」があります。こちらはその中の一店、町の物産などを集めた「ミッセなみえ」内の大堀相馬焼コーナー。松永陶器店を含む、県内で再開した窯元の作品が展示販売されています。ぜひお立ち寄りください。

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